「印象派絵画」はなぜ多くの日本人に愛される?日本と印象派の関係- 展覧会をより面白く観るために

クロード・モネ『積みわら』

日本人も大好きな印象派絵画。

どんなに美術にうとくても、「印象派〇〇展」という広告を年に1回はどこかで見るのではないでしょうか?

この記事では展覧会がより面白くなる印象派の情報をご紹介します。

印象派とは

印象派(印象主義)とは19世紀後半からパリで起こった芸術運動やそこから生まれた芸術のことをいいます。

それまでパリでは、ルネサンスから引き継がれる宗教画や神話画などのアカデミックで理想的な美術が良しとされていました。

そんななか、ありきたりで現実的な普通の日常をありのまま描いたのが「印象派絵画」になります。それまでのお硬いルールなんて無視。自由に現実を描いたのです。

 

印象派の魅力はどこ?

印象派の特徴として「光」と「空気感」があげられます。

印象派の画家たちは、「今目の前にあるこの一瞬」を切り取ろうとしました。

今この瞬間の光を五感で感じ取り、キャンパスに収めたのです。

つまり、「視覚」を通り越した「印象」を感じる絵画が印象派であるといえます。

「知らない景色だけど、なぜか自分のなかに自然に溶け込む」そこが印象派の1つの魅力ともいえます。

 

日本人はどうして印象派が好き?日本人と印象派の関係

日本人に「知っている絵の画派は?」と聞くと多くの方が「印象派」と答えるのではないでしょうか。

なぜ日本人はここまで印象派が好きなのでしょう?それには実は理由があります。

浮世絵が印象派に与えた影響

1854年に日本の鎖国が解け、海外に日本の文化が伝わるようになりました。

すると19世紀後半のヨーロッパではジャポニズムと呼ばれる日本ブームが起きます。

美術界でも、遠近法を無視しありきたりな日常の風景を描いた「浮世絵」はとても新鮮で、多くの画家が興味を示し始めました。

そして1867年のパリで万国博覧会で日本の浮世絵が出展されて以降、日本の浮世絵の技法がヨーロッパで使われ始めるようになりました。

パリで印象派の芸術運動が始まったのはそこから約20年後の話です。

日本の浮世絵は印象派誕生の一つのきっかけとなっていることがわかりますね。

 

これから紹介する印象派の代表的な画家たちも、浮世絵を好み、浮世絵からの影響を受けています。

このように印象派と日本の結びつきは実はとても深いのです。

だからこそ日本人は印象派に親しみを感じるのかもしれません。日本人に印象派が好きな人が多いのも頷けます。

エドゥアール・マネ『エミール・ゾラの肖像』

クロード・モネ『ラ・ジャポネーズ』

日本人の印象派画家はいないの?

そもそも画派は「私は印象派画家です」と自分で宣言するものではありません。

そのため「この人は印象派だ!」と完全に分類するのはとても難しいといえます。

しかし日本の画家のなかにも、フランスで印象派を学んだ黒田清輝、岡田三郎助、久米桂一郎などは印象派の流れの1つである「外光派」として呼ばれています。

彼らの作品からは印象主義特有の表現を伺うことができます。

黒田清輝『湖畔』

岡田三郎助『ダイヤモンドの女』

 

 

世界中の人々に親しまれる有名な印象派の画家たち

エデュアール・マネ(1832年 – 1883年)

「近代美術の創始者」とも呼ばれるマネ。

日常生活を描くことを特徴とする印象派ですが、マネ自身が裕福な家庭に生まれたこともあり、特に上流階級の市民の生活を描いた絵を多く残しています。

また、『草上の昼食』もそうですが、マネは普通の女性の裸婦も描いています。

こちらは今では多く見かける主題ですが、当時は普通の女性の裸婦画なんてルールからの逸脱でした。それまで裸婦画は神話を主題にしたものでなければならなかったからです。

そのため当時マネの作品には多くの批判が寄せられました。

しかし彼を慕う画家は多く、印象派はどんどん勢力を拡大させていきます。

エデュアール・マネ『草上の昼食』

そんなマネですが、40歳半ばから体調を壊し、51歳の若さで死去しています。

下で紹介する『フォリー・ベルジェールのバー』はマネ最後の作品です。

こちらの作品は2019.9.10~12.15まで東京国立博物館で開催されていた「コートールド美術館展 魅惑の印象派」でも展示されていました。

こちらは次いつ日本にくるか分からないとても貴重な作品です。

マネは人の作品は人気ですので数年の周期で展示会が開かれるかと思いますので、見逃した方は次回の展示会に期待しましょう。

エデュアール・マネ『フォリー・ベルジェールのバー』

クロード・モネ(1840年-1926年)

モネといえば『睡蓮』を思い浮かべる方が多いのでは無いでしょうか。

モネは「自然に対して自分が認識した感覚を表現する」ことを理念とした、印象派の代表的な画家の1人です。

モネの生まれ故郷であるル・アーブルの港を描いた『印象、日の出』は第一回印象派展に展示され、印象派の名前の由来ともなりました。

こちらを出展した当初は厳しい批評を受けましたが、印象派を代表する1作となりました。

クロード・モネ『印象、日の出』

モネは画塾でルノワール、シスレー、ドガなど同じく印象派の代表となる画家たちと出会い、共に戸外制作をおこないました。

戸外制作とは、その名の通り、作品を屋外で作成することを言います。それまでは外でスケッチしたものをアトリエで丁寧に完成させる屋内制作が主流でした。

しかし戸外制作では屋内で制作するときには感じられない、自然の光を感じながら絵を制作することができたのです。

だからこそモネの絵画は光が生きているように感じるのでしょう。

モネの作品は2021年夏にアーティゾン美術館にて開催される特別企画「クロード・モネ ̶ 風景への問いかけ」にて見ることができます。

おなじみの『睡蓮』から『日傘の女性』まで代表的な作品も多く観覧できるようですので、皆さん一度足を運ばれてみてはいかがでしょうか?

クロード・モネ『睡蓮』

ピエール=オーギュスト・ルノワール(1841年 – 1919年)

「光の画家」ともいわれるルノワールは、移りゆく目前の景色を優れたその色彩感覚をもって描き出しました。

なかでもルノワールの作品の魅力といえば「女性」の可憐さ・美しさです。

ルノワールは「美しいもの、特に女性の美を描くこと」を純粋に楽しんだ画家でした。肖像画を含め、多くの女性や少女を描いています。

様々な色を使って描かれた女性たちはルノワールが描き出す優しい光に包まれて、優しく、いきいきとしています。

ピエール=オーギュスト・ルノワール『ピアノを弾く少女たち』

世間から様々な批評を受けがちであった印象派ですが、ルノワールの作品は比較的に良い評価が多かったと言われています。

晩年である1880年以降のルノワールは、リュウマチや腱鞘炎に悩まされながらも、多くの魅力的な裸婦像や風景画を残しています。

光や線がとても柔らかく、人物の表情がとても朗らかに描かれている彼の作品はとても温かみを感じますね。

ピエール=オーギュスト・ルノワール『授乳する母親』

ピエール=オーギュスト・ルノワール『レースの帽子の少女 』

まとめ

日本人にとても印象派がある印象派絵画ですが、日本ととても深い関わりがあることがわかりました。

印象派の「光」や印象派への親近感がこれだけの日本人を魅了しているのかもしれません。

美術観賞初心者の方でも、美術に目がない方でも楽しめる印象派。

ぜひ実際に展覧会に足を運んでみてはいかがでしょうか。

ヒトシア編集部

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